ブルースプリング 〜失われた青春〜

社長がいない!

社長室にもいない、電話も出ない。

おかしいなー今日外出予定もなかったはずなんだけど。

会社中を探し回っていると、外から賑やかな声がする。

外に出てみると、オフィスの前には2メートルを超えるサップボードが空気をパンパンにして横たわっていた。

「・・・なんですか、これ?」

「何って、お前・・・、ブルースプリングよ!」

「この前許可取ったじゃねーか!」

「・・・ブルースプリング」

「あぁ、そういえばそんなこと言ってたな」

それは2週間前の出来事。アポイント先に向かって2人で車で移動している時のことだ。

私は車の運転手を務めていた。

「なぁ、俺は遅咲きなんだよ…」

「・・・はい?」

なんの話をしてるんだ? またいつも通りな唐突な会話が展開された。

「でも社長、35歳で独立して今まで経営してきてますし、結婚も20代のときですよね?」

「何も遅くないんじゃないですか?」

「違う、そうじゃない。」

「俺は板前で7年間の修行をしてるんだよ。」

「はい。」

本間の意図していることがわからず、とりあえず頷いた。

「その間はほとんど給料はもらえず、好きなこともできずの修行時代だった。」

(やばい、この流れは絶対無茶苦茶なことを言い出すぞ。)

長年の付き合いで次の言葉をなんとなくわかってしまった。
とりあえずロクデモない話ということだけはわかっていた。

「だから俺は青春を取り戻さなきゃいけないんだ!!」

「ブルースププリング!失われた青春!」

「・・・。」

「あれ、これいい題名じゃない?歌とか作れちゃうんじゃない?」

「はいはい、とりあえず本題話しちゃって下さい。」

「なになに?そんなに聞きたい?俺のブルースプリング。」

「・・・。」

「じゃあ、話すね。」

「俺ももう66歳になってしまった。仕事の量も今後減らしていく中でちゃんとお酒以外の趣味を作らないといけないと考えたんだ。」

「確かにそれは大事です!本当毎日飲み過ぎです!」

「俺ももう66歳になってしまった。仕事の量も今後減らしていく中でちゃんとお酒以外の趣味を作らないといけないと考えたんだ。」

「ちょっと待って下さいね。」

「乗馬は高い入会金払って一回馬乗ったら怖いって言って2回目行ってないですよね?」

「サーフィンはボード買おうと思ったら邪魔になるから辞めたって言ってそれっきり話聞いてないですし、ソロキャンに至っては、行ったら寂しくてずっと寝るまで電話掛けてきてたじゃないですか。」

「だって〜、しょうがないじゃーん」

「66歳がしょうがないじゃーんじゃないんですよ!」

「つまり、今は無趣味ってことになるわけですね?」

「そーなんだよ!だから新しい趣味を作ろうと思う」

「サップをやるんだ!」

「サップ・・・ですか?」

サップとはサーフボードより少し大きいボードの上に立って櫂を漕ぐスポーツだ。

「でも、社長ちゃんと漕げるんですか?」

「俺が漕ぐわけないだろ!」

「だから小さいクーラーボックスも一緒に買うんだよ。」

「あぁ、サップの上で飲むんですね。」

「そうだ!海のど真ん中で飲むビールは最高に美味いぞー!」

(結局、飲む趣味からは抜けきれてない気がするが、まあいいか。)

「わかりました。最近は社長いなくても会社回るようになってきたので、どうぞブルースプリングを謳歌してきて下さい。」

「いいのぉ〜?よし、そこまで言うなら仕方がない!」

なんか、偉そうなことを言っているが、私は話を無視した。

・・・・と言うことが先日あったのだ。

そんな話をとっくに忘れていた私だったが、ブルースプリングと言われて思い出した。

「まあ、届いて嬉しいのはわかりますが、お昼休憩終わったらちゃんと片付けておいて下さいね」

「おう、大丈夫だ!今から孫が来るから孫にやらせる!」


その後来た孫と2人で仲良く後片付けをしていた。


【翌日】


私は社長室に呼びつけられた。

「なぁ、よくよく考えたらサップを乗せて走る大きな車がないんだよ。」

「ワゴン系の大きい車買ってもいいかなー?」

「ダメに決まってるでしょ!」

終わり。

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